1本の曲線に、1つの円。
何もない空間に、ポツンと円を置くと
大方の人は「太陽」とか「月」をイメージする。
それは、我々が普段最も目にしている円の記号が、
「太陽」や「月」であることを改めて気づかせてくれる。
円1つではなく、写り込みの虚像や雲などを
描き加えることで、そこに風情や意味合いを感じることもできる。
また、色によっても大きくそのシニフィエが変わってくる。
月には満ち欠けがあるが、そこにはあえて触れないでおく。
今回は、月の中でも最も見たときの気分に影響する、赤い色を配してみた。
赤月は、不吉にすら思えてくる色合いの月で、
通常の月よりも低い位置に顔を出す。
大気中の塵などの影響で夕日の赤と同じ原理でこの色合いになるそうだ。
あとは、低い位置にあることを分からせるために、
山のシルエットを想起させる線を、月にかかるくらいの位置に配した。
厳密に言えば日中に月が見えることもあるが、
太陽が沈むと月が昇るといったように、
我々はこの2つの円の関係性の間に存在しているとも言える。
もっと言えば、その2つの円の支配から逃れることはできないのかもしれない。
まさに、その赤い月を見て恐怖を感じるという感覚がその絶対的な
主従関係を物語っているようにも思えてくる。
月は、旧暦で行うお月見という風習があるなど、
古くから信仰の対象にもなっている。
お月見は元々、秋の収穫を感謝する儀式だったようだが、
現代人はそこに風情を感じるというわけだから、
現代においては、そういった古くからの信仰行事というのは
「非日常」であったり「贅沢な時間」といったことへと、
価値の変容を遂げている。元々どうだったかは、あまり関係がない。
おそらく、心のどこかで無意識の主従関係を感じ取りながらも、
今後も時代の変化に合わせてこういった行事に対する価値観は
変容あるいは進化していくのだろう。
2015.01.24