ぼんやりとシルエットで表現した
視覚的な記憶の中の8と、
極力単純な図形で示した8に近い
プロポーションの間から、
8という数字の記号認識を考えてみようと思う。
アラビア数字の8は、メビウスの輪を縦に起こしたような
非常に恒久的な安定感を感じさせる形である。
しかしながら8も、前進のインド数字、
ペルシア数字と比べると全く似つかない形をしている。
インド数字、ペルシア数字においては、
Vを逆さまにしたような形をしていて、
0〜9の形状の関係性の中に何かしらの図形的なルールを見出そうと
観察していても、なかなか発見することができないのだ。
おそらくだが、インドで0の概念が確立された後に、
10進法の位取り記数法が確立された段階で、
0〜9を記号としてもっと判別しやすくするべきであるという
結論に至ったところで、現在の算用数字(アラビア数字)の
図形としての形が確立されたのではないだろうか。
並べて表記したり、筆算のように計算をする際の利便性を
追求した結果、はっきりと個性の違う10種類の図形が
生まれることになったと考えられる。
数字の数えと記号としての特徴の一致、不一致に関しては
漢数字でも同じようなことが伺える。
一から五までは見た目でも数えを表していることが認識できるが、
六から九に関しては文字の形から数を読み取ることは困難である。
字の成り立ちは全く別の由来を持ち、
十進法や位取り記数法に合わせる形で漢字が当てられていったと
考えるのが自然かもしれない。
数字の変遷から、人間が意味を後付けした記号というのは
ある規則が浸透していて初めて機能するものであることが分かる。
逆に言うと、ルールがなくても無意識に認識できる
記号というものは限られているのだろう。
それは、我々の身体から生成した身振りや
自然界に起こる現象の範囲に限ると考えるのが自然である。
2015.08.17
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