下の方がかすれて消えた線を描くと、
直方体の石のような印象になった。
それは2001年宇宙の旅に出てくるモノリスを彷彿とさせた。
巨大な一枚岩には、
人間という生命体とは真逆の記号性があると思う。
人間は不安定で感情を持ち、物質的にも変容性のあるものである。
燃えたら炭素になって風化してしまうような存在である。
それに対して一枚岩には、感情もなければ燃えることもない。
ただただそこに物質として存在するというシンプルな強さがある。
だから人間はその大きな存在を前にすると、
どこか畏怖の念を心に抱き、
極端に言えばそれを信仰の対象にもできるのだろう。
また、モノリスの記号性は、どこか日本の墓石に近いものがある。
昔から、権力のあった貴族たちは
その生前の存在を死後も誇示し続けるために、大きな墓石を建てた。
和歌山県の高野山にある奥の院に続く墓地には、
徳川家などの将軍家の巨大な墓石が沢山並んでいる。
その存在は、時を経て苔むしても尚、
何か言わんとしているかのような気配を漂わせているのである。
そこには、物質の価値の本質が潜んでいるのではないか。
データで記録が残せるようになって久しいが、
長い歴史の中ではデータ保存の技術が生まれたのはつい最近である。
データはバックアップが可能だが、
何かがきっかけで全て消えないとも限らない。
後世まで何かを残そうと考えた時に最も有効なのは、
古代人が行ったような石に刻むという行為なのかもしれない。
2015.04.29
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