上方に向かって荒く線を引き散らしていると、
そのフォルムは花の蕾のようなシルエットになった。
蕾は花ではないのだろうか。
同じ花でも蕾の時よりも開花した時の方が
その容姿は華やかで美しいとされるのは仕方ないことだろう。
植物は、根や葉から得た養分で花を咲かせる。
そして、花を咲かせる瞬間に相当なエネルギーを必要とする。
植物の花は大体、年に一度花を咲かせる。
種を途切れさせないためかもしれないが、
その一瞬の美しさのために全エネルギーを注ぐ。
逆に言えば、咲いてしまえばそれまででもある。
千利休は花よりも蕾を愛したという話を聞いたことがある。
そこにあるのは、咲くか咲かないか分からない中で
ただ咲くために全エネルギーを注ぐその蕾の姿に
美を見出していたからではないだろうか。
そこに魅力を感じる感性があるとすると、
咲かないうちが花という考え方も、あるのだろう。
ある意味、こういった視点や感性は
自然の中から見い出す耽美主義とも言えるのではないか。
単なる現象ではなくその存在を美として肯定していることになる。
人を植物に例えるのは違うとは思うが、
咲いた花が美しいことは暗黙知としてあるとするならば、
人も、咲くために努力するそのエネルギーや、
その姿こそ美しく見えるものなのかもしれない。
2015.04.30
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